新年を迎えて

 年賀状という慣習はここ2−3年で急速に薄れ、SNSなどインターネットに移行しているようです。往時は2−300枚来ていた年賀状も、今年は5枚だけでした。しかも、年賀状は今年でやめにしますというようなメッセージ付きで。
 お正月やクリスマスのような一番大きな祝祭の行事は家族など親しい人が同士の絆(関係性)を確認する役割があるように思います。昔関係があり、今はほとんど関係がない人たちとも年賀状だけのやり取りでその人との関係性や生存を確認したり。特に用事があるわけではないので、それ以上のやり取りは必要ないわけです。そのメディアが郵便からインターネットに取って代わるのでしょう。私もブログやFacebookをやってますので、近況報告も個人的なやり取りも常時できますから、年に1回改めて交流する必要もないと思うのですが。まあメッセージを交わす一つのきっかけではあるのでしょう。現に私もこうやって近況報告をしているわけですから。
 我が家でもお正月には子ども達が来てくれました。みな二十代後半になり、それぞれ独立して生活し、時々は高山村まで訪ねてきます。お正月は家族みんなが集まる機会です。私の子ども時代から50代くらいまでは東京に住み、祖父母や親がいる地方に「帰省」しました。60代を過ぎ、両親を見送ってからは、私の家が「実家」になり、都会から子ども達が「帰省」してくれます。まだ孫はいないので祖父(おじいちゃん)にはなっていません。

診療・学術活動
・高山村に生活し、週3日(月・火・水)は渋川市内の医療機関(榛名病院・いずみ医院)で保険診療を行い、週の後半(木〜日)は古民家の自宅で畑仕事や薪仕事を行い、ここまで来てくれる人たちに家族療法や夫婦療法を行っています。渋川市での保険診療は多くの患者さんがいるので10−20分程度しか時間を取れませんが、古民家での自由診療は90分という十分な時間をかけることができます。
・毎月1回は東京大森の旧自宅で月2日だけ診療を行っています。インターネットを用いたオンライン診療も行っています。群馬での診療は増加傾向に、東京での診療は減少傾向にあります。

個別の診療ではありませんが、広い意味での診療としては次のような活動を行っています。
・毎月1回、土曜日の午後に3時間かけて「家族ミーティング」を行っています。高山村の古民家での現地参加とオンライン参加。毎回4−5名から多くても10名くらいで自由に語り合います。
・グループ・スーパーヴィジョン。オンラインで20名ほどの支援者たちが、自分の関わっている事例について話し合います。
・ジェノグラム合宿:2泊3日の合宿を年2回、8月と9月に行いました。自分の家系図を描きながら、自分の家族について洞察を深めます。

国際交流
・中国の人たちに家族療法を教えています。月に1回オンラインで、年に1―2回は現地(上海)を訪ねています。
・6月に台湾南部のリゾート墾丁KentingでTaiwan-Korea-Japan Case Conferenceに参加しました。
・10月には沖縄でアジア家族療法学会(Asian Academy of Family Therapy)の学術大会を主宰しました。

プライベート・アウトドア活動
・冬にはバックカントリー・スキーを行っています。地元のガイドさんと共に草津・万座・野反湖の周辺が主です。
・春から秋には自転車のロングライドイベントにも参加しています。昨年は赤城ヒルクライム、ツールド妻有、グランフォンド軽井沢、碓氷峠ヒルクライム、ぐるっとね(利根沼田河岸段丘ライド)に参加しました。
・11-12月にかけてネパールを訪ね、娘の結婚式に参加しました。ヒマラヤのアンナプルナ山系(Mardi Himal)で3泊4日のトレッキングもしてきました。

診療活動
基本的に昨年と同様に行います。
週3日の保険診療、高山村での自由診療、毎月2日間の東京での診療、家族ミーティング、グループ・スーパーヴィジョン、ジェノグラム合宿などです。

学術活動
昨年、長く勤めてきた日本家族療法学会の理事から退きました。アジア家族療法学会も昨年の沖縄大会の大会長を最後に、リーダー役から退こうと思います。
代わりに、執筆活動に力を入れたいと思っています。「古民家療法(愛着をベースにしたアジア的家族療法)」についても私の考えをまとめ、noteやブログに書きたいと昨年から思っていたのですが、昨年は英語の論文を執筆するのに時間を取られてしまいました。私はしゃべるのは好きなのですが、腰を落ち着けて執筆するのが得意ではありません。なんとか書き進めたいと思っています。

年末の風景

仕事は28日に納めたのですが、今日30日は病院の当直してます。
年末年始は慌ただしくて、、、とか言うけど、基本的に仕事がないのでそれほど忙しくもありません。
精神病院の当直は救急患者が来るわけでもなく、入院している患者さんに何か起きた時の対応だけなので基本ヒマです。こうやってブログを書いているくらいですから。
昨日は息子二人がやってきました。ひとりは車で、もう一人は電車で来るので沼田駅まで迎えに行って。
子ども達は総勢5人。私のが3人と妻のが2人、みんな20代後半から30代前半。うち2人が結婚してあとは独身です。彼らがバラバラとやってきて、一晩だけ泊まる子や、1週間ずっといる子や、5人とも所帯は別でたまにしかやってこないけど、お正月には集まるものだとみんな思っているようです。
妻は「たくさん来るから気を遣うでしょ!」と文句を言いますが、私としては気を使うこともなく楽しい日々です。ブーブー言っている妻も、子ども達の扱いには慣れてきて、結構楽しんでいるようにはたからは見えます。昔は男性はふんぞり返って何もせず、女性が台所で大忙しといった構図でしたが、私は結構台所に立ちますので。昨日はビーフシチューを作りました。薪ストーブの上で長時間調理して、いわゆるスローフードですね。前橋のコストコで買った牛すね肉1kgを使ったのですが、息子ふたりの食欲ではぜんぜん足りませんでした。

年末にはふるさとに帰省するニュースが流れます。上毛新聞には「年末年始をふるさとで過ごす人たちの帰省ラッシュが27日、ピークを迎えた」という見出しに続き、人々の声が紹介されています。
「孫に会うのが楽しみ」
「両親に直接話して、安心させたい」
「初詣に行ったり、家族でゆっくり過ごしたい」
「みんなで鉄板焼きを食べるのが楽しみ」
「親戚みんながそろって年を越せるのでうれしい」
「父に会うのは久しぶりなので楽しみ」などなど。。。
テレビのニュースに流れるのは新幹線のホームや地方空港の出口で待ち構えているお祖父母ちゃんのところに駆け寄る幼い孫の姿が映し出されます。たくさんの人々の姿を取材をしていると思うのだけど、毎年こういう構図が定番ですね。きっとこういう姿が多くの人々を和ませるのでしょう。そうでない人も結構いると思うのに。
私も子ども時代は両親とともに東京から四万温泉に帰省したものです。
今は田舎にやってくる子ども達を待ち受ける側に回っています。まだ孫はいませんが。

普段は核家族として祖父母世代とは別々に暮らしていても、お祝いの時には集まるのが洋の東西を問わず共通しているようです。日本ではお正月やお盆ですが、アメリカではクリスマスやサンクスギビング、中国圏の春節、ユダヤ教のハヌカ、イスラム教のイードなど。普段は別々でも心は繋がっているのでしょう。
家族の力は絶大です。うまく繋がれば幸せをもたらすし、変な風に繋がってしまうと不幸をもたらします。
都会では普段は祖父母世代とは繋がっていませんが、群馬に移住してきて気づくことは、普段から祖父母世代と繋がっている家族です。土地は広いので、同じ敷地に別棟を建てて暮らしている家族によくお会いします。私が仕事でお会いするのはメンタルに課題がある方々が多く、その背後に家族の影が薄く見える場合が少なくありません。

病院当直が明ける明日の大晦日には、毎年定番のローストビーフと筑前煮を作ります。
若者たちが大勢集まるので、つくる量を考えねば。。。

グループ・スーパーヴィジョン

今年度後期のグループSVが来週から始まります。前期のSVに参加した皆さんに、このグループSVってどんな雰囲気か、参加してよかった点、もうちょっとこんなふうにしてほしいというような希望をシェアしてもらいました。

まずスーパヴァイザー、主宰者の立場として、このグループSVとは?
我々は普段、忙しいんですよ。一つの事例についてじっくり考えを深めたいなぁと思っても、どうしても後回しになってしまいそういう時間が取れません。
SVの2時間は他のことは忘れて、一つのケースについて深めることができます。そういう意味で貴重な時間だなと思います。
事例のお話を聞いて、スーパーヴァイザーとして私だったらこうアセスメントしてこんな支援をするかなぁ、、、という話はしますが、こうあるべきとか正解をお話ししているつもりはありません。私なりに考えた一つの案にすぎず、それを参考にしていただいて構わないのですが、グループSVの良い点は参加者からさまざまな視点が出てくることです。その中で新たな気づきなどを得ていただければ嬉しいかなと思います。

再び田村です。
 多くの人が「あたたかさ、安心感」を感じとってくれて嬉しく思います。クライエントは不安を抱えて支援を求めてきます。関わる我々もどう理解して見立てたら良いのだろうか、どう支援すれば良いのだろうか、うまく関われるだろうか、役立てるだろうか、傷つけはしないだろうか、、、と不安になります。そのようなケースを出してもらい、私だったらこう見立てる、こう関わるといった選択肢をみんなで話し合います。その中で支援者としての不安を解消し、こう理解してこう関われば良いのだという視界が開け、安心感と自信を得ます。そのためには話し合うSVの場が何より安心できる場であることがとても大切だと思っています。
 グループSVで自分が関わったケースを提示することもある意味とても不安なことだと思います。自分の不適切さ・未熟さが露呈してしまうのではないか、間違いを指摘されたらどうしよう?ますます自信を失ってしまう。。。それは支援を求めるクライエントも、SVを受けるセラピストも同様ですね。人はみな、未熟で不適切で良いのだと思います。その部分を取り除いたり、修正しようと思うと辛くなります。ダメな部分はそのまま置いといて、そこに誰もが隠し持っているレジリエンス(回復する力)を引き出していく。
 不安安心に転換していく。それが私のスーパーヴィジョンやセラピーの考え方です。

また田村です。
そう、人と繋がることは大切ですね。たくさんの可能性が見えてきます。
逆に言えば人と繋がらないと可能性が閉ざされてしまう。

生きていくって、基本的に不安だらけですね。
うまく生きていけるだろうか?
学校や職場や友達や家族とうまくやっていけるだろうか?
また失敗しないだろうか?
うまくいけばいいのですが、100%うまくいくわけないので、生きている以上常に不安と隣り合わせです。
その中で、少しでも安心して生活したいと願います。
大切なのが「安全基地」です。
大切な人と繋がって、そばにいてくれるととても心強いですね。前に進む勇気を与えてくれます。
その逆に、大切な人がそばにいなかったり、いるけどうまく繋がっていないと、とても心細く、前に進むどころの話でなくなってしまいます。
人は誰かとうまく繋がることで、なんとかうまく生きていけるのでしょう。

人は繋がると、気持ちが伝わります。
安心とか不安とか感情って口で言っても理屈で理解しようととしても無理です。
自然に伝わってしまいます。
自分が安心だと相手も安心になります。
自分が不安だと相手も不安になります。
親が不安だと子も。
妻が不安だと夫も。
子が不安だと親も。
担任の先生が不安だとクラスの子どもたちも、
セラピストが不安だとクライエントも。
スーパーバイザーが不安だとスーパーヴァジーも。
関係性の中で、不安のキャッチボールが始まり、どんどん不安が広まってしまいます。

お互いがマイナスに繋がる、不安のキャッチボールなんてやってられません。
その逆に、お互いがプラスに繋がって安心のキャッチボールができればとても幸せになれます。
支援者とは安心のキャッチボールを指南する野球のコーチです。
そういうコーチを育成するのがスーパーヴィジョンの場です。
どうすればコーチは選手たちに安心のキャッチボールのやり方を指南できるのでしょうか?
それは、コーチ(支援者)自身が心の中に確固たる安心感を保持していることです。
相手を受け入れるためには自分自身を受け入れることです。
自分の良い部分を受け入れるのは比較的容易ですが、ダメな部分、弱い部分、辛かった部分を隠すことなく、表現することができ(安全な場でね)、受け入れることです。
そうすれば、不安な世の中でも、自分自身は安心感を確保でき、それを他者に分け与えることもできるようになります。