児童精神科の問題と喜び

生物学的視点がメインで、心理的、社会的視点が足りないことです。

生物学的視点とは、心や身体の問題を生物学的な原因に求め、医学的な病名を付けること。身体疾患や器質的な精神疾患の治療にはそれが重要ですが、児童精神医療で関わる多くの問題(たとえば多動、落ち着きのなさ、食行動、人との関わりの問題、学校に行けないことなど)は行動上の問題が多く、生育環境、家庭や学校などの環境が大きく影響しています。これまで育ってきた体験がどのように心や性格、つまり感じ方、考え方のくせに影響を与えたかという心理的視点や、問題解決のために家庭、学校や様々な社会的資源と連携してどうやって子どもの生育環境を整えるかといった社会的視点が求められます。これらの視点が日本の医学教育には抜け落ちています。その結果、子どもの表面的な問題行動だけからADHD、発達障害、自閉症スペクトラムなどの医学的診断名で分類し、薬を処方するだけという安易な医療が行われています。

 商売人は儲かった時、ものづくりの人はイイものができた時だとすれば、医師に限らずすべての対人援助職は人の喜ぶ顔でしょう。病気が治ったり、元気になったり、ありがとうって感謝される瞬間ですね。たとえ病気が治らず亡くなられた時でも、それはありえます。

 児童精神科領域で言えば、子どもたちの生命力に触れた時です。うまくいっていない部分を取り除いてあげると、子どもたちは見違えるほど元気になります。その部分とは、脳の中だったり、心の中だったり、関係性の中だったりします。もっともそれを見つけ出し、取り除く作業には熟練が必要なのですが。 若い頃は、自分自身が山を登り新たな挑戦を達成していくことが喜びでした。しかしこの年代になり、人生の山を降りようとしている今は、私の得てきた経験を後進たちに伝えることが喜びです。だから、このようにして若いあなたに伝えることも喜びです。